


第19代王である肅宗の後宮、寧嬪金氏の墓。寧嬪金氏は金尙憲の孫の孫で、成川府使である金昌國の娘。肅宗に後継ぎがいないため、仁顯王后の勧めで後宮となった。張禧嬪の謀略により仁顯王后が位を奪われたとき、寧嬪も共に号を奪われて本家に戻った。1735年(英祖11年)に世を去った。後に仁顯王后が復位した際に共に復位した。寧嬪金氏が死亡すると、彼女を母のように慕っていた英祖は、礼を尽くして葬礼を行った。墓域には塀がはりめぐらされており、その中に封墳と石物が配置されているが、封墳には円形の莎臺石が置かれている。封墳の前の墓表は八作屋根の屋蓋石に掲げてあり、1737年(英祖13年)に立てられてものである。また、碑文は李宜顯によって書かれ、立てられ
たものである。墓表の前には魂遊石や床石、香炉石、長明燈などが、左右には望柱石と文人石が置かれている。
所在地: 榛接邑 長峴里 175番地